2009.07.09
2009.07.08
家族連れの墓参り
港町尾道は寺の町でもあり、古寺めぐりをしていると墓地もよく見かけることになります。写真のように先祖のお墓に家族連れで参る風景も珍しくありません。これが日本では普通の風景のはずだなと思ったりしながら見ています。人ごとのように書くのは、私がそうではなかったからです。
私のように両親が故郷を出て核家族の標本みたいな形で育っていると、全くこういきませんでした。特に東京→九州は遠く、昔は今よりずっと交通が不便だった上に、父は週休2日でもなければ盆暮れの休みも短かったので、私は幼稚園の時1回、中学生の時1回と、本当に数えるほどしか親の故郷に連れて行かれることもなく、墓地の場所さえ社会人になってずいぶん経って節目の法事があるまで知りませんでした。いや、先祖どころか親類の顔も見たことはなく、ごく近しい叔父叔母ぐらいしか知らずに大人になってしまい・・。
故郷にいる親類の子供同士などは結構気軽にお互いの家に泊まったり遊んでいますが、私は今故郷に帰っても親戚に甘える習慣がないので泊まると緊張してしまい、ホテルの方が気楽だったりして「水くさい」感じを与えてしまうのです。「東京でワガママに育ったからホテルしかだめなんだろう」なんて思われているのでしょうが。まあ分かりやすく言えば、滅多に会わない親戚のおばさんに、自分の使ったシーツなどを洗濯させたりするのがどうにも心苦しい。これ、親戚がお互いに泊まったりするのが当たり前の中で育てば、こんな風には感じないと思いますが、子供時代に親戚周りをしてお年玉を集めたりした経験もないのですから。
今は新幹線、飛行機、高速道路があってお盆の大移動が可能になっていますから、昔よりは帰りやすくなっているでしょう。子供連れは大変でしょうが、それでもやはり子供がいる人は故郷を見せるべきだと私は考えています。
たとえ先祖の職業を継がずに故郷を出ていたとしても、墓標に並んだ先祖の名前を子供に見せるだけでも、子供には「血のつながり」「自分がいるのは先祖がいたから」という当たり前すぎる命の継続を伝えることができる気がするのです。「命は大切なんだよ」なんて学校で習っても身につく気がしませんが、自分の命がお爺ちゃんお婆ちゃん、もっと前のお爺ちゃんお婆ちゃんからつながっている物なんだと子供たちに伝えるチャンスなのです。口で言う必要はない。墓石に並んだ名前や、自分と血の繋がった親戚を見るだけで、子供は何かを感じてくれるはずです。うっすらとでも、自分は1人じゃないと。
2009.07.03
尾道 線路脇の井戸についての詳しい説明
先日尾道の線路沿いの井戸について載せた際、地元の方にその井戸の由来を聞いてみましたら、なんと山陽日日新聞でもお馴染みの尾道学研究会・林良司さんから回答を送っていただきました。せっかくなので、先日の写真と林さんの回答を載せさせていただきます。
江戸時代、町内の自治を担った町年寄(久保、十四日、土堂と尾道三町にそれぞれ居ました)の役職にあった豪商(屋号・油屋) で、『尾道志稿』という地誌(尾道初の郷土史誌)を執筆した亀山士綱(かめやま・しこう)の手によって、江戸後期の文化3年(1806)に掘られた井戸です。
涸れる事のない井戸として「万年井」と名付けられ、多くの町民が万年井の水を利用したと伝えます。
すぐ西傍らにある鉄道陸橋の坂道下側にも石の蓋で覆われた古井戸が一つ遺りますが、こちらも亀山士綱が掘った井戸といいます。 彼はその他にも町内各所で多く井戸掘りを実施しています。
井戸の傍にはお決まりの如く「水神」さんが祀られていますが、 石仏のお地蔵さんが一緒に同居するのもあちこちで見受けられます。
お地蔵さんに関しては井戸とは直接関係がないのが大半で(一部には水神さん的に位置づけを担っている場合もあり)、路傍に散在するものを一箇所に寄せ集めた結果というのが殆どの様です。
万年井傍の石地蔵に関しては、残念ながら由来は分かっていませんが、井戸とは無関係である事が、寄進名(発起人)の銘などから窺えます。裏面に恐らく年号などが刻まれていると思われますが、 線路壁に遮られて見る事叶いませんでした。
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林さん、ご丁寧な解説本当に有難うございました。
2009.07.01
目白通りの千円自販機が・・
下落合4丁目の目白通りのビデオ店前に置いてあった千円自販機が・・
店とともに無くなっていた(^^;)
結構長続きしたビデオレンタル屋さんで、ここで紹介してきたB(?)級SFなどはみんなそこで借りていたのだが、まことに残念
実はその前もビデオレンタル屋さんだったので、次もビデオレンタル屋さんになったりするのかもしれないが、、
これで、「モヤさま」が下落合に来る可能性がなくなった??
2009.06.28
尾道の朝の定番
これを渡った正面にあるのが・・
駅前に向かって広く開いた窓から朝の太陽が差し込み対岸の向島が見える、尾道の朝を感じるのに絶好の場所。
もちろんグリーンヒルホテルの朝食も、ロイヤルホテルの2階も、海の景色ならむしろ上なのだが、ここにはここの売りがある。
Good morning! なモーニングセットがホテルの半額ぐらいなのもそうなのだが、(パンかワッフルか、卵料理は何にするか、飲み物はどうするかも選べて)・・・
目の前で煎れ立てのコーヒーを氷の上に注いでくれるアイスコーヒーが大好きなのだ。活き活きした香りで目が覚める。何という贅沢。旅先なので、ホテルとの数百円の違いより、コーヒーの美味さが大切。安くて美味いのだから言うことなし。店も綺麗だしサービスもきちんとしている。
そして私の趣向として、朝から地元のサラリーマンなどが訪れている店にいるという状況が、実は大好きだったりする。滞在者が静かに朝食を食べているホテルのレストランにいるより、朝の活気ある駅前の喫茶店で地元の人達に混ざってコーヒーを飲んでいるという状況が好きなのだ。これが私がここで朝を過ごすようになった一番の原因かもしれない。
窓が広くて煎れ立てアイスコーヒー。そうか杏奴と共通点があるんだなあ。
2009.06.27
尾道 国道にある井戸
道路や線路脇にお地蔵様がある時はそこで起こった事故の慰霊だったりしますが、こちらの場合は隣にある井戸と関係があるんじゃないかと想像しています。本当のところはどうなのでしょう。尾道の他の場所にある井戸には、仏様ではなく神様が守っている場合が多いので、疑問点もあるのですが。
そもそもこんな場所に井戸があること自体が不自然な話で、きっと線路が出来る前から町の中の井戸としてあったのではと、これも想像です。国道2号線も無かった時代からあるのではと。
ただでさえ狭い歩道に、あとから歩行を邪魔する形で井戸なんか掘るわけないですから、多分、道がこんな形になる前から井戸があったというのは当たっていると思っています。昔のことに詳しい方に訊いてみたいところです。
2009.06.25
睡眠足りてますか
ブログサービスメンテナンスのお知らせが来た。
>> ◇メンテナンス日時
>>
>> 2008年6月30日(火)8:00~12:00の約4時間
2009年も半年経っているのだが・・
確かに私も2008の方が好きだった・・・けど
1文字違いが死を招く(?)コンピューターソフトのメンテ・・
大丈夫なのか(^^;)
2009.06.24
2009.06.23
尾道 "実は凝っている"看板
普通に立体文字に陽が当たって陰が出来ているように見えますが、ほかの立体物を見ると分かるとおり、実は曇っていてこんなクッキリした陰は出来ないのです。
文字は確かに立体なのですが、陰は描いてあるんですね。いつ見ても左上から陽が当たっているみたいになるわけですが、陰の付き方がとてもリアルなので描いてあるように見えないですね。
私がこれを描くとしたら、暗い時間に左上から照明を当てて陰の部分をなぞると出来そうな気もしますが、その方法でこんなにうまく行くかどうか分かりません。
左の方にある石垣みたいに見える部分はセメント(モルタル?<建材には詳しくないもので)で作ってあるのでしょうか。かなり遊び心がある職人さんの作品みたいですね。
2階の窓も元は横長の1つの窓だったところをわざわざ板でつぶして、窓を3つ開けているように見えます。さりげないですが実はかなり凝っているということで足が止まりました。
2009.06.22
NHK「街道てくてく旅」29日から尾道入り
NHKで放送中の「街道てくてく旅」。太宰府から歩いて春編の締めくくりは尾道。
29日の週は尾道から島に渡って向島(むかいしま)、因島、生口島を訪ねます。
その前週の金曜は三原もあります。
内容は以下から、番組表は右上「番組情報」から。
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2009.06.21
尾道の渡船
デジカメで撮った動画をニフティの動画共有にアップしてみました。ココログに貼り付けて利用してもココログの自分の容量は食わないということなので、こちらに貼り付けてみます。撮影地:広島県尾道・向島(むかいしま)福本渡船場カメラ:Panasonic DMC-FZ18
2009.06.19
2009.06.17
尾道の宿から
「ホテルが空いていなければ東京に帰ろう」と思いつつホテルに電話したら1泊空いているというのでチェックイン。尾道駅前のグリーンヒルホテル尾道。温かい色のインテリアがホッとさせてくれる。
個人的にこのホテルに泊まらないと尾道に泊まった実感が足りないと感じるほどになってしまった。景色と便利さと、ヨソからの訪問者には貴重な尾道ケーブルテレビが見られる点も・・
ホテル廊下の東の端から。この景色が楽しめる東の端の海側角部屋(ツイン)というのもあるのだが泊まったことはない。
このブログのタイトル写真にも使っている風景だが、驚いたことに、数年前に撮ったタイトル写真とクレーンの位置が同じだ。前に停まっている船が違うため水に映った色が微妙に違うが。それ以来動いてないとも考えにくいから、これが固定する定位置みたいなものなのだろうか。
以前駅の左正面で行われていたライトアップだが、その造船所が閉めてクレーンが減ってしまったため、市の"夜景創出"に別の造船所が協力していて、それがホテルのちょうど対岸に当たっている。以前にも書いたが、ちょっと折り鶴を連想するのは私だけだろうか。



















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